全国で「強豪」と呼ばれるチームは歴史ある伝統校が多いが、まだ創部10年の若いチームが名乗りを上げてきた。兵庫・園田学園女子大学だ。短長種目は特に強化されており、全国インカレ決勝の常連となっている。そんな園田学園が今年の活躍されることは、昨年の結果から予感されていた。しかし、突如訪れた「新型コロナウイルス」が猛威を振るい、シーズンインすらできていないというのが現状だ。園田学園もクラブ活動が自粛となり、モチベーションの上がらない選手も多いと思われるが、チームを盛り上げようと必死に取り組む主将の姿があった。
未だ再開しないクラブ活動。ZOOM補強を毎朝のルーティンとして取り入れる
新型コロナウイルスの影響による緊急事態宣言が発表されてから1ヶ月弱。未だにクラブは再開しておらず、部員の各々が各自練習を別の場所で行うという状況が続いている。このような状況について主将の後藤は
「仕方のない状況です。しかし、ここで何かに取り組まねば今まで培ってきたものが水の泡になってしまいます。今は毎朝ZOOMで補強することをルーティンにしています。」
リアルでは顔を合わせることができないが、オンラインでは繋がることができる。そう考えた後藤は毎朝9時(日曜日を除く)にZOOMをセッティングし、希望者を対象に補強をルーティンとして行っている。毎朝の練習場所としている兵庫県姫路市のウインク陸上競技場のサブトラックより配信を続けているのだ。外からのスマートフォンでの配信ということでギガも電池残量も消費する上に何よりセッティングする手間もかかる。それでも毎日配信を続ける力の源は何なのだろう。
「共に練習してくれる(同大の)藤原沙耶選手・横田華恋選手がサポートしてくれます。そして何よりキャプテンとしての責任感ですね。やはりキャプテンとして自分が行動を見せないと、そこに続く者はいないと考えています。サボっているキャプテンについて行く人はいないですからね(笑)」
毎朝の参加者は平均20名。部員の半数にも満たない数だが後藤は下級生の授業の状況や各々の練習のスケジュールを考慮し、あえて強制参加にはしておらず、出席リストも取っていない。
「強制にすると”やらされている感”が出てしまいます。また、出席リストを取ると、スケジュールがたまたまあって参加できる子が今までサボってたように見えてしまう可能性もあります。誰もがいつでも入りやすい環境を作ることを心がけています」
主将としてチームを「良い方向」へと導いていることが、またそれが後藤個人の競技力向上・モチベーションにもつながっているのだろう。
不安で涙が止まらなかった主将選出。支えてくれたのは周りの仲間たち、そして恩師への恩返し。
今ではチームを引っ張る立場の後藤だが、実は主将経験は中学・高校時代はなかった。「私は主将にはならない」と競技に取り組み、3年目の関西インカレが終了したミーティングで新チームの主将発表があった。監督の藤川先生より「キャプテンは〇〇でいく!」という言われ、その時後藤の名前は挙げられなかった。だが、それは藤川先生らしいジョークで場を賑やかすためのだったようだ。
その直後に「本当のキャプテンは後藤だ。よろしく」と再度発表があった。完全に気を抜いていた後藤はあまりの衝撃に言葉を失った。気がつけば新主将としての抱負を全部員の前で述べるシーンになっていたとのこと。
「不安なことしかないです。こんな強豪校のキャプテンができるか不安です」
今思えばネガティブな発言をし過ぎたと反省する後藤だが、ミーティング終了後には不安に押しつぶされ涙が止まらなかった。
そんな時に支えてくれたのが仲間たちだった。そして何より藤川先生のことが頭に浮かんだのだ。
後藤と藤川先生の出会いは高校2年生。県高校ユースを400mで制するなど急成長を見せた後藤であったが、高校3年生時には目標としていたインターハイ出場はおろか、県大会でも表彰台に乗れなかった。更には園田学園で行われた強化練習会でも思うように走れなかった。それでも藤川先生は暖かい声かけをしてくれたのだ。後藤は当時の高校の顧問にこんなことを言われた。
「強い選手に声をかけるのは当たり前のことやけど、走れない選手をずっと見つめて応援してくれる先生は少ないぞ。ありがたい話やで」
そんなエピソードがあり園田学園に進学を決めた後藤は、藤川先生に恩返しをするために主将として一生懸命チーム力向上に向けて努力する覚悟を決めた。
”やりたいコト”より”やって欲しかったコト”
後藤は主将の理念として
「やりたいコトよりやって欲しかったコト」
を掲げている。大学は1回生と4回生では3歳も年齢が離れている。中学・高校を通して同じチームの選手にそんな歳が上な人はおらず、入学当初は不安を抱えていた後藤だが、当時の4回生のキャプテンはとても優しく相談にも乗ってくれたのだ。やる気のある選手が集結し、価値観も皆違う中で3歳も年上のキャプテンが親身に接してくれたことは非常に恵まれていたと語る。
「キャプテンは関わりにくいというイメージがあるけど、私が後輩だったらこんなことをやって欲しいな・・・言って欲しいな・・・ということを積極的に実践していくことで良い関係を築くことができるのではないかと思っています。これは私が今キャプテン、キャプテンじゃないに関わらず実践していると思います」
とはいえ、仲良くなりすぎると主将を軽くみられ、チームの関係性の崩壊にも繋がる可能性もある為、適度な距離感を保つように心がけているという。今後も「4年生の言うことは絶対」というチームではなくトップダウンし、みんなの案を取り入れ、先生を交えて議論し、更に良いチームにするためのアクションを起こしてほしい。
後悔のない選択を。
もしかすると今年は試合がないかもしれない。
選手たちは皆そのような不安に押し潰されている。当メディアでも一部の大学4回生の選手より「留年して来年も大学で競技を継続する」と言った声もあるほどだ。後藤も最初はその選択も視野に入れていたがもう1年チームに残り競技を続け、インカレのメンバーに選ばれたとすると、後輩の出場枠が一つ減ってしまうのだ。さらにこう続ける。
「出場枠の争いが激化するのももちろんですが、今年の冬季練習を最後だと思ってやってきました。正直、燃え尽きた感もあり来年も同じモチベーションで取り組めるかと言われれば、素直にイケる!とは言えないです。そんな中途半端な気持ちで冬季練習を行い、来年インカレのメンバーに選ばれたとすると後輩にも失礼に当たります。」
とはいえ、全日本インカレも開催が危ぶまれる今、本当に試合を迎えずして引退する選手も出てくる。今年最終学年を迎える選手の決断のタイミングも迫ってきている。とにかく、長期的にみて後悔しない選択をして欲しいと願うばかりだ。
状況はみんな同じ、私たちだけじゃない。さらなる高みへ。
コロナによる試合の中止は状況は日本のみならず世界の方が同じ。陸上競技だけでなく野球も甲子園が中止になったりと、「なぜ自分たちばかりがこんな目に」と思っても仕方のない状況となっている。誰を恨めばいいのかと聞かれればコロナを恨むとしか言いようがない。
「私が一番感じているのは、この状況は自分たちだけじゃないということです」
後藤はそう述べた上で、今がチャンスだと言う。
「自分と向き合う時間が沢山あり、今まで自分の弱点としていた部分を直すチャンス。こんなことは今しかできない。とにかくポジティブに!」
この時期に何をやるべきか考え、取り組んだ選手たちが、弱点を無くし強くなって練習再開を迎えた時、それはチームとして「最強」になることは間違い無い。つまり、この期間に個々人のパワーを上げることがチーム力の向上につながる。そしてチーム力の向上がさらに個人のモチベーションや競技力の向上へとつながる。また、普段は当たり前に「おはよう」「バイバイ」と言い合えた日常の大切さも感じられたことは、ある意味コロナに感謝すべきことなのかもしれない。
ZOOM補強などの新たな取り組みを行い、継続して行う。これが今、後藤が主将としてできるコトなのだ。この取り組みが結果にあらわれた暁にはチームのみんなで「ああ、コロナで自粛期間中の園田の取り組みは間違ってなかったな」と笑える日も近いだろう。