一般入試からのスタートライン 遠回りから始まった挑戦 大東文化大学 双⽊ 陽翔

一般入試からのスタートライン 遠回りから始まった挑戦 大東文化大学 双⽊ 陽翔

2026.01.02
インタビュー

「走ることが、ただただ楽しかった」。
その原点は、小学3年生の頃にありました。家族の影響で自然と身近にあった“走る”という時間は、やがて人生の軸に。
順風満帆ではなかった高校時代、競技から距離が生まれた苦悩の日々。それでも陸上から離れなかった彼は、“支える側”として大東文化大学の門を叩くことに
主務として見たのは、選手の努力、歓喜、悔しさ、そしてチームが一つになる瞬間。
これは、走ることを愛し続けた一人の主務が紡ぐ、喜怒哀楽の記録です。

⾛ることを好きになった⽇ ― 陸上競技との出会い

陸上と出会ったのは⼩学 3 年⽣の頃でした。⽗と⺟がエアロビクスやマラソンをしていた影響で、家の中にはいつも“⾛る”というものがありました。いくつかの習い事をしていた中で、気づけば⼀番夢中になっていたのが⾛ること。ただ前に進むだけなのに、とても楽しくて⾃分にとって⼤切な時間でした。

中学校でも迷わず陸上部へ。3 年⽣の時には市の駅伝⼤会にアンカーとして出場し、仲間の思いを受け取って⾛り切りました。ラストで競り合い、優勝した瞬間に⾒えた景⾊、県⼤会へ進めた喜びーーあの瞬間は今でも私の陸上⼈⽣で最も気持ちの良かった瞬間だと思います。

⾼校で味わった苦悩と葛藤――伸び悩んだ時期

⾼校進学の際、私は強豪校ではなく“⾃分が試合に出場できる場所”を選びました。しかし、⼊学直後から新型コロナの影響で満⾜に活動ができず、1 年⽬は結果も出ないまま時間だけが過ぎていきました。2〜3 年⽣になっても怪我に悩まされ、思うように⾛れない⽇々。

⼤好きだった⾛ること”が、少しずつ遠く感じていきました。

そんな中、中距離に挑戦する機会をもらい、4×400mR に出場。チームでバトンをつないで⾛る感覚は新鮮で、忘れかけていた“⾛る楽しさ”を思い出すきっかけになりました。

⼤学ではサークルで陸上を続けるなどの選択肢はありましたが、本気で取り組める場所がいい”――そう考えていたとき、インスタグラムで偶然⽬にしたのが「⼤東⽂化⼤学陸上競技部 マネージャー募集」の投稿でした。

“⽀える側になる”という選択肢が初めて浮かび、迷いながらも“⼤好きな陸上に別の形で関わりたい”と強く思い、マネージャーとしての道を選びました。

強豪校の空気に圧倒された 1 年⽬――慣れない環境の中で

1 年⽣の頃は、想像以上の⼾惑いの連続でした。選⼿や学⽣コーチと同じ寮で⽣活し、強豪校ならではの緊張感に包まれた⽇々。スポーツ推薦で⼊部してきた選⼿たちは競技への意識が⾮常に⾼く、⽇常会話の中⼼には常に陸上。

“みんな本当に陸上のことしか考えてないんだ…”と、圧倒される毎⽇でした。

それでも、⾃分から声をかけ、距離を縮め、2 学年上の主務の⽅の背中を追いかけながら仕事を覚えていきました。

“⽀える”という仕事の本質に気づく

マネージャーとして最も⼤切にしてきたのは、“選⼿の良いところを⾔葉にして伝える”ことでした。

改善すべき点を指摘したり、厳しい⾔葉を伝えたりする役割は監督やコーチが担って下さっています。だからこそ私は、少しでも選⼿が前を向けるように、⻑所に⽬を向け、⾔葉で伝えることを⼤切にしてきました。

主務を任された 3 年⽬――責任の重さと向き合う⽇々

2 年時は先輩の背中を追いながら業務を覚え、3 年⽣で主務を任されました。嬉しさと同時に、不安も⼤きくありました。監督が就任して 4 年⽬ということもあり、“何を・いつ・どう進めるか”の基準が整っていない中、監督・コーチの意図を読み取り、⾃分で組み⽴てていく必要があったからです。

外部との連絡、監督・コーチとの調整、選⼿とのコミュニケーション 。毎⽇仕事は膨大で、“⾃分がチームにいる意味はあるのだろうか”と悩むこともありました。

それでも、そんな時に限って選⼿が結果を出してくれる。その姿に何度も救われたか分かりません。

選⼿の成⻑が、⾃分の⼒にもなる

忘れられない選⼿のひとりが、3 年の棟⽅です。真⾯⽬で練習に忠実。2 年⽣の時にはU20 ⽇本新記録を樹⽴。しかし、結果を残していた中迎えた箱根駅伝では、悔しい⾛りに。その悔しさを胸にさらに強くなっていく姿は、本当に頼もしいものでした。

また、ホクレン深川⼤会で2年の大濱が⽇本選⼿権標準を突破し、42 年ぶりに⼤学記録を更新した瞬間も忘れられません。現地には⾏けませんでしたが、喜ぶ姿を映像で⾒たときは自分のことのように嬉しかったことを覚えています。選⼿の努⼒が報われる瞬間に⽴ち会えることは、何度経験しても胸が熱くなります。

やりがいを感じる瞬間

選⼿が記録を伸ばした時、努⼒が報われた瞬間に⽴ち会えること。それがこの仕事の何よりのやりがいです。今年 4 ⽉に行われた“7 ⼤学対抗戦”で 5000m を⾛った喜早(院 2 年)が日本人1位をとった場⾯は特に印象的でした。先頭集団で必死に⾷らいつき、最後は堂々と競り勝った姿に思わず涙がこぼれました。

“チームとして積み上げてきた証”

今年の全⽇本予選会 2 位通過。この結果の裏には、主⼒の怪我でチームのモチベーションが下がりかけた時、監督がかけた⼀⾔「⾃分たちで声を出せ」

この⾔葉をきっかけにチームが⼀気に変わり、全員が⽬の⾊を変えて練習に取り組んだ姿は忘れられません。

⼀⽅で悔しさが残ったたのは箱根駅伝予選会でした。想定していた以上に順位が奮わず、他⼤学の層の厚さと強さを痛感しました。この経験は、他大学のエース級の選手と正面から渡り合えるような“絶対的な強さを持つ選手”の存在の重要性を実感し、同時に今の自分たちの現在地を知るいいきっかけになりました。

⼤東⽂化⼤学というチームの強さ

このチームの⼀番の強みは、なんと⾔っても“仲の良さ”

上下関係が固すぎず、誰でも対等に意⾒を⾔える風通しの良い雰囲気があります。⽉に⼀度⾏われる誕⽣⽇会などの伝統⾏事を通して、監督・コーチ・選⼿の距離が⾃然と縮まり、深いつながりが⽣まれる⽂化が育っています。

4 年⽣は同じ⾊で染まったような結束⼒を持ち、チームを牽引してくれました。⼀⽅ 3 年⽣はのように個性豊か。それでも次の 4 年⽣としてどうチームをつくっていくか語り合ってきた仲間だからこそ、⼤きな期待があります。

主務としての⽇々にタイトルをつけるなら

“喜怒哀楽”

まさにこの⼀⾔に尽きます。嬉しさも、悔しさも、涙が出るほどの感動も、時には怒りも。すべてが濃く、すべてが私の財産です。

最後に──選手へ、チームへ、そして応援してくれる方々へ

◆選手へ

4 年⽣には本当に⽀えられました。数え切れない自分の至らぬ点をカバーして下さり、どんなお願いにも快く応えてくれたこと、⼼の底から感謝しています。箱根駅伝では、⾛る選⼿もサポートに回る選⼿も、同じ覚悟で挑んでいます。悔いのないよう、胸を張って⾛り切って欲しいです 。このチームには必ずチャンスを掴む⼒があると思います。

◆家族へ

中学・⾼校では思うように結果を残せず、⼗分に恩返しができなかったという思いがずっとありました。⼤学での挑戦を通して、結果という形で「ありがとう」を伝えたいです 。⽀えてくれた時間や想いを、結果で返します。

◆応援してくれる方々へ

私たちは今年「歴史への礎〜あの場所でやり返す〜」をスローガンに掲げています。テレビの前や沿道で応援してくださる皆様に感動を届けられるよう“一生懸命”の精神で箱根駅伝に挑みたいと思います。

1月2日・3日は選手の追い風になる熱いご声援をお願いいたします!

INTERVIEWEE

 双⽊ 陽翔

双⽊ 陽翔

大東文化大学 陸上競技部男子長距離主務

WRITER

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熊谷遥未

2001年11月16日東京都出身。田園調布学園を経て法政大学に進学。2023年の日本選手権では、女子400m決勝進出という実績を持つ。自己ベストは400m54.64(2024年8月現在)。現在は、青森県スポーツ協会所属の陸上選手として活動する傍ら、2024年9月より陸上メディア・リクゲキの編集長を務める。