走ること、支えること、そして繋ぐ未来への襷 順天堂大学 前田 徹平

走ること、支えること、そして繋ぐ未来への襷 順天堂大学 前田 徹平

2025.03.31
2025.03.31
インタビュー

小学生の頃クラブチームに所属し、マラソン大会へ出場。ある日、競技場を走っていると、中学校の陸上部の顧問の先生から誘いを受け、陸上競技部への入部を決意。

中学校は、全国大会も出場する強豪校で、とても良い経験をできたかけがえのない3年間だったという。

高校時代は、2年生で東海大会優勝など結果を残していたものの、その後は怪我や不調に悩まされ不完全燃焼だった。

 順天堂大学進学

保健体育の教員免許が取得できる大学を探していた中で、高校の顧問の先生の繋がりもあり、順天堂大学で陸上競技を続けることになりました。

大学での競技生活は度重なる怪我に悩まされ、思うように走れない悔しさを感じながらも、選抜合宿に参加するなどしていました。

しかしそんな中、3年生の11月に全身の痛みにより突然走れなくなるという大きな挫折が訪れました。走れない日々が続く中、12月頃に長門監督から「マネージャーをやらないか」という声をかけて頂きました。

選手としての人生が終わる悔しさや期待されているのであればその期待に応えたいという気持ちに挟まれていましたが、今度は支える立場として、「やっとチームに貢献できる、自分がこのチームを変えたい」と考えるようになり、マネージャーになることを決意しました。

マネージャーとしての葛藤と成長

3年生の 3 月、主務という責任ある立場を任されました。最初は、戸惑いもありましたが、周りのマネージャーや関東学連の方、他大のマネージャーにもいろいろと教えてもらい、たくさん支えてもらいながらここまでチームを導いてきました。

前半シーズンの選手たちの頑張りが結果に繋がらない時期は、「自分が主務になったことで結果が出ないのか」と自問自答し、反省する日も多くありました。

それでも、走る立場から支える立場になったことで、陸上競技を純粋に楽しむことが出来るようになりました。また、頑張る選手たちに恥じない存在であるために、時には厳しい声をかけ、監督やコーチと選手の間に立ち、チームをまとめていきました。

全日本予選会の直前には、地元の福岡で教育実習がありチームから1ヶ月離れてしまうことに。。。しかし、週末にはわざわざ千葉県にある大学へ戻って選手をサポートしていたという。

箱根駅伝予選会

箱根駅伝の予選会では、1秒を争う戦いの末、箱根駅伝出場を果たすことができました。フラフラになりながらもチームのために走り抜く選手や夏合宿から言われていた「1秒を大切に」ということを体現している選手は本当にかっこよかったですし、止まっていた時計の針が動き出したように感じた瞬間でした。

 

高校時代からの同期である浅井をはじめとする仲間たちは、私にとってかけがえのない存在です。浅井は怪我や不調に苦しみながらも、チームのために全力を尽くし、エースとしてチームを支え続けてくれました。その姿には何度も励まされました。

また、4年生の同期たちは箱根駅伝でエントリーされなかった選手も多く悔しい思いをしていましたが、それでもエントリー選手を支えるために、朝練習後には温かいお風呂を沸かしたり、寮の清掃を積極的に行ったりしていました。そんな仲間たちの存在が、私自身の頑張る力となっていました。

箱根駅伝を振り返って

結果は11位と悔しいものでしたが、選手たちはそれぞれの持てる力を出し切り、未来への希望を感じさせてくれる走りを見せてくれました。特に、重要とされる2区、5区、6区を下級生が担い、これからの成長に期待を抱かせる箱根駅伝となりました。

1区の浅井は、体調不良明けという不安がある中で、よくスタートラインに立ってくれました。プレッシャーのかかる中、1区の役割をしっかり果たしてくれたことに感謝をしています。

2区の玉目は、他大学のエースの方々の強さを目の当たりにし、悔しい箱根駅伝デビューだったかもしれません。しかし、この経験は彼の成長に繋がる貴重なものになったと思います。

3区の海老澤は、苦しい場面でチームの流れを引き戻してくれました。また、主将の服部、エースの浅井が今シーズン故障で苦しい期間が多い中、4年生として常にチームを引っ張ってくれていました海老澤の頑張りに自分も何度も救われましたし本当に感謝しています。

4区の堀越は、4年間ずっと悔しい思いをしながらも努力を重ねてきました。直前の練習では一番調子が良く、最後に彼の力強い走りを見ることができたことは、私にとっても大きな喜びでした。

5区の川原は、初めての箱根駅伝で緊張があったと思いますし、山登りという重要な区間を任されたプレッシャーも大きかったと思います。それでも、しっかりと自分の役割を果たしてくれました。

6区の林も初めての箱根駅伝でしたが、実力以上の力を発揮してくれたと思います。今後の成長が楽しみな選手の一人です。

7区の吉岡は、同部屋でもあり、辛そうな姿を近くで見てきたので、復活した彼の走りは自分のことのように嬉しかったです。また、沿道で「大翔コール」をした際に見せてくれた笑顔は、私にとって忘れられない思い出となりました。

8区の荒牧は、チームの中で陸上競技に対する情熱が最も強い選手だと思っています。その熱い思いや競技への姿勢を走りから感じることができましたし、これからも大切にして頑張って欲しいです。

9区の石岡は、唯一の3年生で、これまでレース後半で崩れてしまうことが多く、不安もありましたが、今回の箱根駅伝では新しい石岡を見ることができました。また、「4年生のため・下剋上!」と手に書いて走ってくれていたと聞き、熱い思いを持って走ってくれたことはとても嬉しかったです。

10区の古川は、夏合宿で一番頑張っていた選手でした。プレッシャーのかかる場面で彼に負担をかけてしまったことは4年生としてとても申し訳なく思います。しかし、彼が走り終えた後に言った、「悔しいですが、持てる力は出し切れました。箱根の借りは箱根で返します」という言葉に、これからの活躍に期待が膨らみました。

とても楽しい4年間

選手として苦しいことや辛いことが多くありましたが、いい指導者に恵まれ、多くの方々に支えて頂いたおかげでここまで頑張ることができました。

将来、保健体育の教員になりたいと考えており、そのためにまず順天堂大学の大学院に進みます。そして、今後は陸上競技部のコーチを務めさせて頂きます。選手の成長していく姿をこれから間近で見られることはとても楽しみですし、全力でサポートしたいと思います。

 監督へ

ここまで導いてくださった長門監督には感謝の気持ちでいっぱいです。選手として、そしてマネージャーとして指導して頂いた日々は私にとって宝物です。また、今井コーチや田中コーチをはじめとする指導者の方々の熱意やサポートに心から感謝しています。その恩返しをするためにも、これからも全力で取り組み続けたいと思っています。

走る選手だけではなく走れなかった選手、選手を支えるスタッフ、大会運営に関わる多くの方々の努力が積み重なって実現しています。そんな支えるという視点で箱根駅伝を見て頂けたらより一層箱根駅伝を楽しめると思います。

そして、これからも順天堂大学陸上競技部の応援をよろしくお願いいたします。

INTERVIEWEE

前田 徹平

前田 徹平

順天堂大学 駅伝主務
順天堂大学 駅伝主務
愛知県 豊川高校 出身

WRITER

Array

熊谷遥未

2001年11月16日東京都出身。田園調布学園を経て法政大学に進学。2023年の日本選手権では、女子400m決勝進出という実績を持つ。自己ベストは400m54.64(2024年8月現在)。現在は、青森県スポーツ協会所属の陸上選手として活動する傍ら、2024年9月より陸上メディア・リクゲキの編集長を務める。