高校教師から転身!ケニアで五輪金メダリスト育成を目指す”中嶋計介”を突撃インタビュー!

屈強なケニア人槍投げ選手たちと共に、笑顔で写真に収まる日本人。彼の名は中嶋計介。現在、指導者として、ケニアから2024年のパリ五輪金メダリストを輩出すること目標にしている。学生時代には全日本インカレで槍投げのチャンピオンに輝いたアスリートである。大学卒業後には、実業団、高校教師というキャリアを歩み、その後、ケニアに渡り指導者として活動をしている唯一無二の存在である。そんな彼の思いに迫る。

「一人ひとりと共に答えを創り出し、共に行動を起こすことでその人のゴールへ導く存在になる」

これが中嶋の理念である。そして、その理念を基に、「トップアスリート育成×子どもたちへの陸上競技の普及」および、「生まれた環境に左右されることなく、一人ひとりのゴールへ挑戦できる機会を創り出すこと」を活動の軸に据えている。

彼は言う。「生まれた環境によって、一人ひとりのゴールへの挑戦が閉ざされることはあってはならない。しかしながら、世界ではそれが現実に起きている。それだけでなく、挑戦する機会さえも与えられない現実がある」と。その現実が、中嶋を突き動かしていると言っても良い。

「International Athletics Facilitators代表」の肩書をもつ彼だが、「Facilitators」には、「一人ひとりの可能性を引き出し、その人やその人に関わる全ての人たちの人生を豊かにしていきたい」という意味も込められている。また、これらの活動を通して「一人の人として、成長し続ける能力」や「スポーツの楽しさを体感し、自分の可能性に挑戦する能力」の育成にも取り組もうと企んでいる。そういった理念を基に、陸上競技の世界的な強豪国であるケニアを拠点に日々活動している。

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指導をするケニアのBoniface選手と

そのような熱い思いをもとに活動をしている中嶋からケニアの現状を聞くこともできた。毎年、駅伝のシーズンになるとテレビではケニア人留学生の活躍も見られる。しかし、日本人はケニアについて知らない人も少なくないであろう。お互いの国を知ることで陸上界の発展の一助となれば幸いである。

1.ケニアとはどのような国なのか

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一昔前の情報(GDPなど)を頼りにケニアをイメージすると、まだまだ発展の途中の国であるというイメージが湧いてくる。しかし、2019年のデータによれば、携帯電話の普及率は、SIMベースで113%を超えている(2台持ちの人もいる)。中嶋いわく、電子決済が当たり前で、日本よりも電子決済は普及している印象だそうだ。このイノベーションが、2015年の世界陸上において、ケニアからジュリアス・イェゴという槍投げチャンピオンが誕生した理由の一つにもなっている。彼は、槍投げ指導者がいない中、YouTubeをコーチ代わりにして世界一に輝いている。スマホの普及は、このような状況をさらに加速させるだろう。

首都ナイロビもすごく発展しており、オシャレなカフェがあったり、高級外車などに乗っている富裕層のケニア人も少なくないという。ただ、その高級外車も砂埃の中を走っていたりするらしく、そういったギャップが見え隠れするのもケニアの特徴なのだそうだ。

2.陸上競技大国というのは嘘!?

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ケニアは言わずと知れた陸上競技大国だ。世界陸上やオリンピックでも、長距離選手やマラソンランナー、最近では、中距離や400mハードル、さらに、やり投げや100mにまで一流選手を輩出している。特に長距離では、日本にも高校駅伝や、箱根駅伝、実業団選手権などにも留学生が出場している。日本人からすれば陸上大国そのものだ。しかし、その「陸上競技大国」をどう定義するかによって、見え方は変わってくると中嶋は言う。

中嶋は続ける。「確かに世界大会では結果を出している。では、ケニアの子供たちが満足な環境で、誰にも平等に陸上競技を行う環境が用意されているかというとそうではない」そういう意味では、陸上競技大国という言葉の意味は少し薄れる。実際に、ケニアで陸上選手として成功できるかどうか、そもそも競技ができるかどうかは、生まれた環境にかなり左右されるそうだ。一流の長距離選手の出身地としてはエルドレッドという地域が多く挙げられる。標高2100mの高地であり、そもそも長距離の能力が育ちやすい環境にある。そして、その文化や、伝統も根付いている。

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未整備の野原で練習することもケニアでは当たり前の光景とのこと

しかし、そういったところから目を他のところへやると、例えば、首都ナイロビには、タータントラックのしっかりとした陸上競技場は2つしかないのだという(日本では一つの県だけでも10以上ある県もあるので大きな差だ)。学校にあるグランドも、不整地で草が生茂るような環境だ。つまり、一流選手はいるが、選手を満足に育てる環境は日本に比べると遥かに少ないのだという。中嶋いわく、「そのような環境と比べると、もっと日本人はやれるはずなのではないか?と思うこともある」そうだ。

ちなみに、中嶋が指導する槍投げの国内4番手の選手ですら、大学卒業後、仕事に必死になって生活費ギリギリの中、睡眠を削ったりしながら競技を続けているようで、大卒だからと言って良い仕事にありつけるわけでもなく、国内トップクラスの選手だからと言って、特別な支援もないそうで、過酷な環境の中で必死で頑張っている様子が窺える。

3.日本ではありえないことが続出するケニアの陸上大会

 

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ケニアの陸上の大会では、時間の変更が度々起こるらしい。先日の試合では、プログラム上は、10時30分に開催される競技が、実際にスタートしたのは13時30分だったとのこと。日本人だったら、「いくらなんでも遅れ過ぎやろ!」とツッコミが入りそうなものだが、ケニア人は冷静に対処していたらしい。様子を見ながら、「この進行具合ならウォーミングアップはもっと遅めで良いか」などと判断して、臨機応変に対応しているのだ。

そして、100mのレースでも、9秒77の自己ベストをもつオムルワ選手は、そういった時間の変更があったり、決勝のレースでフライングが3回あって、しかもその進行が遅い中も動じることなく、しっかり自己ベストで走ったりもする。要するに、ちょっとやそっとのことでは動じないのだ。

これは、ケニアの国民性によるものでもあるそうで、時間に対する意識は日本人とは異なる。比べて見えてくることは、日本人は本当に時間に対してしっかりしている。だからこそ、日本人はケニアよりも計画的に練習が積めているはずだし、もっと世界をリードできても良いようにも思うし、そこをもっと誇りに思って良いとも感じる。逆に、ケニア人は柔軟性があり、どんな環境でも成果が出せる。そこに凄みを感じる。

4.世界を知ることで見えること

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日本では当たり前のことが、ケニアでは全く当たり前ではなく、それを比較することで、日本が恵まれていることを実感したり、逆に、ケニアの良いところをもっと盗んだりしても良いのでは、と課題が見えてきたりもする。

日本は、満遍なく恵まれていると言えるし、ざっくりとした言葉で言えば、「しっかりしている」と捉えられる。一方、ケニアは恵まれた環境と、過酷な環境が同居していて、どうしても差が生まれてしまう。そんな中でも、ゆるい気質でうまいことやっているといった状況もある。もしかしたら、日本人も過酷な環境に置かれたら、ゆるくやってないと、やっておれないぞ、という気持ちになるかもしれない。それは真には分かり得ないことかもしれないが、こういった文化の違いは非常に面白いと感じた。長距離選手がケニアに武者修行をするという例が数件あるが、どの種目でも有効なことであろう。

5.最後に

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今回、「一人ひとりと共に答えを創り出し、共に行動を起こすことでその人のゴールへ導く存在になる」という理念をもとに活動する中嶋の思い、そして、ケニアの現状について書かせていただいた。その中で、日本の今後の陸上競技界の発展を考えた時に、世界を知ることが重要であるという一つの解を得ることができた。しかし、海外に行って、実際に競技生活を一定期間でも送ることは容易ではない。だからこそ、中嶋の存在は貴重である。彼の存在が、「International Athletics Facillitators代表」の肩書きの通り、日本と世界の架け橋となり、世界のアスリートたちが繋がるきっかけとなっていくことであろう。これからの彼の活躍が楽しみである。

 

中嶋計介
International Athletics Facilitators代表

神奈川県出身。中学時代はサッカーに打ち込み、県立相模原高校より槍投げ選手に転向。東海大学進学後に大きく記録を伸ばし、2008年には全日本インカレで71m19cmの自己ベストを記録し学生王者となる。その後、実業団、体育教師とキャリアを重ね、2021年にケニアへと渡る。現在は、ケニアのトップアスリートへの指導および子どもたちへの普及活動を行いながら、指導者としてパリ五輪での金メダル獲得を目指している。

Instagram : https://www.instagram.com/keisuke_iafs/
note : https://note.com/keisuke_iafs

信田 雄一郎

信田 雄一郎リクゲキ編集部長

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1987年3月14日生 愛知県出身。陸上競技をこよなく愛し、同志社大学卒業後、陸上競技部の顧問になるために教職の道へ。球技系部活動の顧問をしながら、陸上競技のパーソナルコーチも務めていた。現在は、陸上競技メディア制作の他、コーチングや教育業にも没頭中。今後はマスターズ陸上に挑戦予定。

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