U16日本選手権を12歳で制した驚異の中学1年生スプリンター”三好美羽”が思い描く夢とは

2022年3月、倉敷の地で小学生の女子選手が100mにおいて「12秒38」という驚異的な記録を出したというニュースが入ってきた(同日、走り幅跳びでも5m33と驚異的な記録を樹立)。大会の規格により公認記録にこそならなかったが、間違いなく陸上界に大きなインパクトを残した。その選手の名は、「三好美羽」。そんな彼女は、中学入学から破竹の勢いで好記録を連発する。そして、秋シーズンには、ついにU16日本選手権で、高校生をおさえて、全国制覇を成し遂げた(100m12秒07)。さらに、記録的にも、追い風参考記録ながら11秒99をマークするまでに成長していた。

そんな陸上界に突如現れた天才スプリンター「三好美羽」の陸上競技への原動力は、「私は陸上が大好きです。 大きな大会にいけばいくほど、トップレベルの選手と試合が出来て、ワクワクします」と語るように、極めて純粋な陸上愛にあるように感じられる。さらに彼女は次のようにも言う。

「立派な競技場で沢山の人が応援や拍手をしてくれて、こんなドキドキ感は陸上をしていなかったら、経験出来なかったです。 陸上の練習は辛い事も多いけど、頑張りや成長がハッキリと数字に表れます。 ただ走るだけかもって思う人もいるんですけど、頑張ってきて記録が良くなった時や応援してくれてた人に褒めてもらった時には、なんとも言えない達成感があります。 こんな素晴らしい陸上競技をもっと沢山の人に知ってもらいたいです」

その言葉の通り、その思いには一切の曇りがない。それだけに、どこまでも成長していきそうなオーラすら漂う。この輝く原石に迫った。


山縣亮太選手に憧れて陸上短距離の世界へ

憧れの山縣亮太選手との思い出の1枚(右が三好選手)

■陸上競技を始めたキッカケと憧れの山縣選手

三好:こんにちは。広島県で陸上短距離をしています三好美羽です。よろしくお願いします。私が陸上競技を始めたきっかけは、保育所の先生が私の走りを観て陸上を勧めてくれたのもあったのですが、小学3年の時に山縣亮太選手が全国大会の決勝で走っている動画を観て、私も身長が低くても走れると思い、山縣選手に憧れて、陸上を始めました。

山縣亮太選手は、私の憧れの選手です。私は、小学生の頃は体が小さくて走る事は大好きだったのですが、全国大会とか出るのは無理だと思っていました。 小学3年生の時に、山縣選手が出ていた全国小学生大会の決勝の動画を観て凄く感動しました。 1人凄く小さくて、でも決勝で戦えているのを観て凄く勇気をもらって、それから私にも出来るかもと思って陸上を始めました。 山縣選手がいなかったら、私は陸上をしていませんでした。

そして、山縣選手に会えると思って4年生と5年生の時に織田記念に行ったのですが、出場していなくて会えませんでした。 そして6年生の時の織田記念で山縣選手が来ていて、私はどうしてもサインが欲しくて、でも、係の人に止められてしまって泣いていました。 その時に山縣選手が近くに来てくれてサインと写真撮影をしてくれました。 本当に優しくて、嬉しくて嬉しくて、ますます、大ファンになりました。

小学4年時の織田記念にて姉にバトンを繋いだ

■身近なライバル「お姉ちゃん」との思い出

三好:私は、陸上をしたくて陸上チーム「竹尋アスリート」に入りました。しかし、お姉ちゃんはそうではなくて、私のわがままを聞いてくれてチームに入ってくれました。 でも、小学4年生の時に同じリレーチームで走れる事になって、それで、お姉ちゃんは走る事が好きになってくれました。私が1走で、お姉ちゃんが2走でレースの時に1番にバトンを渡す事が出来た時、いつもとは違う笑顔を見せてくれるんです。 それがいつも嬉しくて、お姉ちゃんとリレーをするのが大好きでした。

広島県代表としてU16リレーでは姉妹で全国準優勝

■お姉ちゃんとつかんだ全国準優勝

三好:お姉ちゃんとの1番嬉しかった思い出は、中学生になってから、国立競技場であったU16のリレーフェスティバルに広島県の県選抜選手に姉妹で選ばれて出場した事です。 お姉ちゃんとは最後の全国大会になるかもと思って挑みました。 あんなに大きな全国大会で姉妹で準優勝して表彰台に登れた事が夢のようで、お姉ちゃんと陸上をしていて本当に良かったと思いました。


喜びと悔しさの入り混じった中学陸上

姉と共に県大会を制し全国中学総体出場を勝ち取った

■姉と共に勝ち取った全中出場の喜びと、全中での悔しさ

三好:この写真は、広島県大会での写真です。この日を目標に、お姉ちゃんと3年間頑張ってきて、全中(全国中学総体)を決めて表彰された時のものです。夢が叶って本当に幸せな瞬間でした。その全中には、100mとリレーで出場しました。リレー本番では、メンバーが欠けてしまったり、色んな出来事があって心が不安定になっていました。夢にまで見た全中の予選で0.01秒差でB決勝になってしまい、A決勝に行く気で挑んでいたので、とても悔しかったです。 もっと強くA決勝に行きたいという思いがあったら100分の1秒は何とかなったのかもと今でも思う事があります。

■ついに日本一に!喜びも悔しさも味わったU16日本選手権

三好:U16日本選手権の決勝には怪我をした状態のまま出場しました。予選で転倒して怪我をした時、凄く痛かったので、決勝を走る事は諦めていました。 でも遠くから来てくれてた先生たちが1時間以上、治療してくれたり、動きを見てくれて痛みを少なくしてくれました。 いろいろな方の応援があり決勝を走りきる事が出来て、感謝と嬉しいという気持ちがこみ上げてきました。

転けてしまった予選でのことですが、1位の人と1000分の1秒まで同タイムでA決勝に進めました。 最後の15mでバランスを崩してしまって、ヘッドスライディングみたいな感じでゴールをしたんですけど、心の中でゴールに届いて、届いてと何度も叫びました。 周りの人は転けてしまって運が悪かったねと言ってくれましたが、私は他の選手のレーン妨害にならずに着差なしでA決勝に残れて、本当に運が良かったと思いました。

結果を知ったのはレースが終わって医務室で治療をしている時でした。膝、腰、肘を擦りむいたり打撲をしていて、とても走れるとは思っていませんでした。 でも、A決勝に残れたと聞いて嬉しさと、痛みでもう一度走れるかと言う不安な気持ちでいっぱいでした。 色々な出来事があって、一生忘れられないレースになりました。

■日本一速く走れるようになった練習法とは

三好:よく全国大会とかで、練習の話をするんですけど、ほとんどの選手が筋トレや走り込みをしていてビックリします。私は筋トレや走り込みは身体の成長のことを考えて、技術がきちんと身についてからと言われています。 練習は、ほとんど技術トレーニングや速く走る事の知識や怪我の予防や精神的な事を教えてもらっています。 練習で体が凄く疲れる事はないんですけど、教えてもらったフォームが出来てなかったら全然速くならなくて、遅くなってしまう事もあります。

最も効果があったと思う練習としては、フォームを意識した技術練習です。何回も繰り返して何も考えなくても、その動きが出来るように頑張っています。私は、先生にフォームチェックをしてもらってます。 そして、動画を撮ってもらって教えてもらったフォームで走れてるか、自分のイメージと一緒かチェックしています。私はイメージ通りのフォームで、良いタイムが出るような感覚が身に付いてきてから速く走れるようになりました。 フォームをチェックしながらの練習が、速く走る上で最も効果があったと思います。


13年間破れられていない大記録への挑戦

U16日本選手権の金メダルと共に。全中制覇、日本中学記録更新へと、意欲が尽きることはない。

■全中制覇、日本中学記録11秒61の更新を目指して

三好:2022年の全中では、自分に精神的に弱い所があったり、体調管理が出来てなく2kgも体重を落としてしまったこともあり、予選やB決勝で100分の1秒差で泣く事になってしまいました。 まず、2年生ではその経験をいかして、11秒8というタイムを出して昨年、決勝に行けなかった全中で優勝したいです。

そして、3年生での目標は、日本中学記録11秒61の更新を目指します。私は、沢山の先生たちのおかげで今のタイムを出せるようになりました。100mの選手なら皆が目標にする、13年前に土井杏南さんが出した日本中学記録を更新して、お世話になっている先生たちに感謝の気持ちを伝えたいです。

■自身の長所と今後の課題となる改善点

三好:私の長所はスタートの3歩目から加速するところです。 欠点は、スタートの一歩目にあります。 私は、スタートの時に右足が前なので普通は一歩目に左手を後ろに引きます。でも、無意識に少し前に振って後ろに引いています。 そのことで、リアクションタイムが他の選手より100分の5秒くらい遅い時があります。意識して直すしかないので、良いクセがつくまで繰り返します。 あと後半の25m位からピッチが落ちてしまい失速します。 スタートで力を使い過ぎているので、リラックスして走るように何度も練習します。 直すところが沢山ありますが、直れば、11秒8は出ると思うので、2年生で出せるように頑張ります。

他にも、先生に「陸上をもっと楽しむように」とよく言われます。 楽しむ事をせずに頑張りすぎると燃えつきてしまうと聞きました。 以前、木村文子さん(100mハードル日本代表)にも「いろいろな種目に取り組んで、陸上を楽しんだ方が良いよ」と言っていただきました。 陸上を楽しむ事を目標に100m以外の種目も記録が出せるように頑張ります。


日本記録11秒21の更新を夢見て

U16表彰式で1位の表彰台に上がる三好選手。いつか日本選手権でもこの位置に立つこと夢見ている。

■100mにかける陸上人生の最終目標

三好:私にとって「100mは、日本で1番は誰なのかを決める運動会だ」と思っているので、ドキドキとワクワクが凄いです。 また、沢山の人から応援してもらってると思うと、こんなに幸せな事はないです。 私にとって100mとは、「努力と成長を観てもらって自分を表現する事が出来る存在」でもあります。

いつか、100mでオリンピック選手になって、山縣選手と約束したご褒美が貰えるように、福島千里さんの日本記録11秒21を更新したいです。 もし夢が叶わなかったら、私が陸上の技術をいっぱい勉強して、代わりに夢を叶えてくれる選手を全力で育てたいです。

■ライバルや応援してくれた人、憧れの山縣選手への感謝

三好:私には小学生の頃から沢山のライバルがいて、何度も負けて悔しい思いをしてきました。 その時に支えてくれた人達がいたので、今の成長があります。 ライバルたちや応援してくれた人達に感謝の気持ちを伝えたいです。 ありがとうございます。

そして、私は、「諦めなければ道は開かれる」という言葉が好きなのですが、この言葉は大好きな山縣選手が、私が小学生の時に出場した、全国大会で言っていた言葉です。 私は精神的に弱いんですけど、この言葉があったから、U16の決勝で諦めずに頑張れました。 私を優勝に導いてくれた言葉です。 本当に感謝しています。

驚異的な記録を連発し続ける三好美羽さん。その真っ直ぐな思いに感動をいただきました。そして、世の中では、素晴らしい実績がニュースとなりますが、その裏では様々な失敗や苦労があったことも伝わってきました。絶え間ない努力と、尽きることのない陸上への愛と探究心。それらを併せ持った三好さんのこれからの活躍に注目です!三好さんはYouTubeやInstagram、Twitterでも発信活動をしていますので、皆様も是非ご覧いただけますと幸いです!

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信田 雄一郎

信田 雄一郎リクゲキ編集部長

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1987年3月14日生 愛知県出身。陸上競技をこよなく愛し、同志社大学卒業後、陸上競技部の顧問になるために教職の道へ。球技系部活動の顧問をしながら、陸上競技のパーソナルコーチも務めていた。現在は、陸上競技メディア制作の他、コーチングや教育業にも没頭中。今後はマスターズ陸上に挑戦予定。

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