箱根駅伝へ。支える立場で見つけた“自分の走り” 日本体育大学 黒葛原 佑真

箱根駅伝へ。支える立場で見つけた“自分の走り” 日本体育大学 黒葛原 佑真

2025.12.16
インタビュー

年始の風物詩・箱根駅伝が近づいてきました。
そんな箱根駅伝を走るのは1チーム10人。しかし、その裏には数えきれない支えがあります。

そこで今年も前年同様、箱根駅伝出場校の主務の方々に取材しました。
選手の一番近くでチームを支え続けてきたからこそ語れる、本音と覚悟。

リクゲキを通して、そのストーリーを胸に、箱根駅伝を楽しんでいただけたら嬉しいです。

今回一人目は、日本体育大学 黒葛原 佑真さんです。是非ご覧ください!

 

走る側から支える側へ──個人競技として陸上に魅了され、選手として壁にぶつかりながらも、マネージャー、そして主務としてチームの中心を担う道を選んだ4年間。怪我、葛藤、決断を経てたどり着いた“チームのために生きる”という覚悟。

箱根駅伝シード権を目標に、選手・指導者・家族・仲間への感謝を胸に挑む、主務としての集大成の物語です。

陸上との出会い——“個人で戦う競技の魅力

陸上を始めたのは、中学1年生の頃でした。クラブチームでサッカーをしながら、学校の陸上部に所属。朝練に参加しながら、週末にサッカーの試合がなければ記録会に出場──そんなスタイルで競技を続けていました。

サッカーは“集団のスポーツ”。一方で陸上は“個人で挑む競技”。
自分の努力がそのまま結果に返ってくる——その面白さに魅力を感じるように。

陸上を選んだ高校進学——面白さが加速した中学3年

中学3年生で出場した大会では自己ベストを更新し、陸上の成績も着実に伸びていました。
高校進学の際にはサッカーの道でも声をかけていただいていましたが、それでも胸の内にあったのは、

“陸上の方が面白い”

という想い。その想いが自然と進路を決め、陸上一本の道へ進むことを決意しました。

自主性が問われる環境——“自由だからこそ燃えた”高校生活

進学した高校の陸上部は、驚くほど自主性を重んじる環境。

アップも各自、練習の開始も終了も自分次第。“自主性の中で自分の行動が自分の結果にそのまま返ってくる”そんな環境でした。順調な時期もありましたが、高校2年生の冬から3年生の春にかけて怪我をしてしまい、練習ができず、悔しさが募る日々。
それでも、高校1年生の時に残した結果や経験が大きな財産となり、自信に繋がりました。

そしてこの頃から胸の奥にひとつの憧れが宿りました。
箱根駅伝を走りたい”

その後、高校の顧問の先生が日本体育大学出身だったことなどのご縁も重なり、日本体育大学への進学が決まりました。

選手としての苦悩——練習できているのに走れない日々

大学に進学して待っていたのは、高い壁でした。練習は継続できているのに、結果が出ない。夏合宿も乗り越えたのに、レースでは思うように走れない。

「なんでだろう」その疑問が自分を徐々に追い詰めていきました。

そんな苦しい時に支えてくれたのは、チームの雰囲気、そしていつもそばで支えてくれるマネージャーの存在
次第に、“選手として走る自分”よりも、“チームのために動く自分”の方がしっくりくる。そう思う瞬間が増えていきました。

送り出してくれた高校の顧問の先生、走る姿を応援してくれていた家族。その期待に応える形ではありませんでしたが、“マネージャーとしてチームに貢献する”という新しい道を選びました。

マネージャーとしての歩み——1年目の戸惑い、2年目の責任

マネージャーになってからの毎日は慌ただしく、選手より早く起き、遅くまで動き回る毎日。体力的には大変でしたが、興味のある世界だったこともあり、不思議とすぐに慣れていきました。

2年生になると責任のある仕事が増え、3年生では大会運営や主務の仕事の一部にも関わることも。少しずつチームの中心で動く場面が増えていきました。

主務就任——戸惑いよりも覚悟

ずっと覚悟していたことでもあったため、当時は“やるしかない”という思いが強くありました。
いつ何が起きても動けるよう常に準備を怠らない、そして状況に応じて柔軟に対応。

普段は関西出身らしく冗談を交えることも多い一方で、練習や競技の場面ではしっかりと線を引く。

選手を支える立場としての責任をしっかりと果たしてきました。

チームを変えるために——“厳しさ”と“信頼”の両立

前回の箱根駅伝、そして全日本大学駅伝。シード争いの中で結果を残せなかった悔しさは、今も胸に残っています。だからこそ、今年は

“昨年の4年生が作ってくれたチームを越えるために、チームを変えなければいけない。”オンオフを明確にし、緊張感のあるチームに。

中でも、れそうな選手には必ず声をかけ、生活面でルールを守れない選手には、たとえ同期でも厳しく伝える”ということを意識していました。

その積み重ねが、チームを支える柱となっています。

若い力の台頭——“頼もしくなった後輩たち”

4年生の主力3人の力は言うまでもなくチームの要です。

3人に続くように成長をしているのが、3年の吉田、2年の荻野です。

吉田は学年主任、そして来年4年生になるという自覚が芽生え、夏合宿では集団を引っ張る存在へと成長。走る部分、精神的な部分、ともに頼もしさが増しました。
荻野は1500mのスピードと持久力を兼ね備え、箱根駅伝予選会・全日本大学駅伝ではチームに貢献する走りをしてくれました。箱根駅伝にも期待をしています。

主務としてのやりがい——“やってきてよかった”

選手が記録を伸ばした瞬間、駅伝で結果を出した瞬間は、言葉では表しきれないほどの喜びがあります。

中でも、全日本大学駅伝の懇親会で「監督が『主務としてよくやっている』と言っていたよ」とコーチから伝えられた時のことは忘れられません。

マネージャーや主務は数字として目に見える結果がない立場です。だからこそ、その言葉は胸に深く響きました。

箱根駅伝目標——“シード権”

今年の箱根駅伝の目標はシード権、10位以内。

チームは今、とても良い形で箱根駅伝に向かっています。最後の積み上げをして、最高の形で本番を迎えたいです。

主務として過ごした日々を一言で表すなら?

「大変。だけど、かけがえのない一年」

競技会の対応、日々の業務、休日でも気を抜けないスケジュール。
それでも、そのすべてが成長となり、自信となり、“主務として生きた一年”をつくってくれました。

最後に──選手へ、チームへ、そして応援してくれる方々へ

◆選手へ

残りの期間で急激に強くなることはありません。だからこそ万全の準備をして、箱根駅伝に臨んでほしいです。

走った選手も、走れなかった選手も、それぞれの努力が“今のチーム”をつくってくれていると感じます。箱根駅伝を走る10名は、仲間の想いを背負い、胸を張って走ってきてほしいです。

◆監督へ

「4年間、マネージャーとしても、人としても成長させてくださりありがとうございました。」

監督は、時に厳しく、核心を突く指導。厳しさの中に愛があり、マネージャーとしても主務としても、一人の学生としても成長させていただきました。

来年からは実業団のスタッフへの道へ進む予定ですが、大学で得た経験を新たなチームで発揮したいです。

◆家族へ

選手として送り出してくれ、走れなかった時も、マネージャーになるという選択も尊重してくれた家族。
寮生活のため、1年のほとんどを離れて過ごす4年間でしたが、見えないところでずっと支えてくれていました。

「本当にありがとう。家族のおかげで、ここまで頑張ることができました。」
その感謝を、心から伝えたいです。

◆日本体育大学を応援してくれる方々へ

どの大学にも支える方がいて、その中で日本体育大学を応援してくれる方々の存在は私にとって特別です。
シード権を勝ち取り、テレビでも沿道でも、“日体大の走り”を多くの方に届けたいです。
主務として私自身ができる限りの準備をして、箱根駅伝に挑みます。

INTERVIEWEE

黒葛原 佑真

黒葛原 佑真

日本体育大学 男子駅伝ブロック 主務

WRITER

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熊谷遥未

2001年11月16日東京都出身。田園調布学園を経て法政大学に進学。2023年の日本選手権では、女子400m決勝進出という実績を持つ。自己ベストは400m54.64(2024年8月現在)。現在は、青森県スポーツ協会所属の陸上選手として活動する傍ら、2024年9月より陸上メディア・リクゲキの編集長を務める。