『自らを理解し、走る上での「考えの軸」に様々な技術を付加してゆく。その軸がぶれなければ、多方向からのアドバイスを力にできる。僕が高校・大学共に全国大会の決勝に立つことができたのは、誰にも曲げられない確固たる軸を持っているからです。』
そう語るのは矢守志穏。大阪市立大学医学部医学科在籍の医学生にして、800mで国体入賞をするなど実力者でもある。自己ベストは日本トップクラスの指標でもある1分50秒切りを果たしているランナーだ。冒頭の言葉からは知性以上に力強さを感じる。彼自身は、「医学生なのに」という言葉を良しとはしない。そんな彼にリクゲキライターの田中が取材をさせていただいた。
―陸上を始めたきっかけを教えてください。
陸上競技は中学1年生の時に始めました。小学生時代の6年間は水泳に打ち込んでいましたが、僕の通っていた中学校に水泳部が無かったため、他のスポーツをしようと考えました。小学校に通っていた頃、ソフトボールが鼻に当たって以来、球技が大嫌いになったため、必然的に陸上部を選ぶしか無かったような記憶があります。中学の陸上部に入部した頃は、この3年間だけ陸上競技で我慢して、高校では水泳部に入ろうとしか考えていませんでしたが、800mで全中出場を果たしたこともあり、結局現在も陸上競技を続けています。もし中学校に水泳部があれば今の僕はいなかったと思います。
―印象に残っている試合について教えてください。
高校1年生の夏の大会です。800mの自己ベストを5秒以上縮めることができたレースでした。これをきっかけに、僕の競技に対する向き合い方が良い方向に変わりました。以前までは、プランなど何も考えないレーススタイルでしたが、フォームについて深く勉強し直して走りの技術の向上に繋げようという意識を持ちました。それが現在に至っても、自分の身体をどのように動かせば走りが良くなるかを研究し続ける姿勢へと繋がっています。
―高校の初戦が、今の矢守選手の強さにつながっているのですね。高校時代といえば、矢守選手は、2014年の長崎国体に800mで出場されていますよね。国体でのお話を聞かせてください。
結果としては4位入賞でした。そのレースで優勝選手のゴールタイムは、当時の日本高校記録を塗り替える記録でした。この時に圧倒的な力の差を見せつけられたことが、大学生になってからも陸上競技部に入り、高みを目指そうと決意したきっかけとなりました。
―自己ベストが更新出来ない時期が長かったとお聞きしました。そのような時期をどのように乗り越えられましたか。
高校時代よりもさらに走り方について研究したり、練習方法を質・量ともに工夫したりなど、たくさんの手を尽くして鍛錬してきました。それでも納得のいかないレースばかりで、走ることに楽しさを感じなくなってしまった時期もありました。かといって陸上競技を辞める勇気もありませんでしたし、耐えるしかないと言い聞かせてトレーニングを続けていました。
コロナウイルスの影響により大学での練習ができなくなった時に、ひたすらに自分と向き合う時間を貰えたことで、練習するための環境を自分で作り、1人きりの力で走ることの意義と大切さを学んだ結果、自分の走りに自信を持てるようになり、思い切ったレースをできるようになりました。自己ベストが出なかった期間は、自信を失くして走れなくなり、そのことでさらに自信を失くすという負のスパイラルからの脱却のために費やされました。5年10か月の間、自己ベストが出せずに苦しみましたが、自分らしい走りを取り戻したことで、ようやく報われたことが心の底から嬉しかったです。あの日の心の清々しさはこの先忘れることは無いと思います。
―2020年は全カレ入賞おめでとうございます。今年の全カレの感想をお願いします。
コロナウイルスが蔓延する世の中でしたが、感染予防に配慮して大会の運営をしてくださった方々に、本当に感謝の気持ちで一杯でした。予選は計画通り先頭を走り、組2着でしたがタイムで決勝に拾われました。決勝は周囲との力の差を見せつけられ8位に終わりましたが、今後も闘志を絶やさずに鍛錬しようという気持ちにさせてくれたレースでした。久々の全国規模の大会でしたので、とにかく大きな刺激を貰えたことが良かったと思っています。あくまでも挑戦者として臨んだ大会であったため、今年度は2020年度全カレファイナリストとして、堂々とした走りをしたいと思います。
―最後にこれからの目標を教えてください。
僕が考える1番の到達点は、「医学生なのに」という言葉無しに、実力を評価してもらえるようになることです。最近、僕の走りにお褒めの言葉を頂くことが増えましたが、どうしてもこの言葉が文頭につくと、「勉強が忙しい中でならこの水準に辿り着けるのは大したもんだ。」と言われているような気がしてならないんです。決して僕は現状に満足しているわけではなく、さらに、別に医学生であろうがなかろうが、どれだけ自分を追い込めるかはその人のやる気次第だと僕は思うので、「医学生」という色眼鏡で見られることのない程の、純粋な強さを手に入れたいです。試合では、自分が1番の挑戦者になることを常に意識しています。負けることを考えず、臆することなく攻めることが僕のパフォーマンスを最大限にできる方法だと考えています。