友達の誘いから小学校4年生の時に陸上のクラブチームへ。
中学時代は、全国準優勝の実力を持っていた少林寺拳法、そして2歳の頃から続けていた水泳も取り組んでいたが、高校からは一番魅力に引き込まれた陸上競技を本格的に始めた。
高校2年生の頃、膝の怪我に苦しみ、その上コロナ禍でインターハイが開催されず、悔しい思いをしていた。そんな時、インターハイの代替試合で横溝監督と出会い、ご縁もあり、東京国際への進学が決まった。
選手からチームを支えるマネージャーへ
膝の影響は大学入学後も続き、1.2年生の頃は思うように走れず、駅伝部として活躍できない日々が続きました。「自分はこのチームに必要なのか」と何度も自分に問いかけ、先が見えず苦しい時間を過ごしていました。
そんな時、3年生の春頃に監督陣から、「マネージャーをやってみないか」という声をかけて頂きました。最初は悔しさもあり決断をできずにいましたが、先代の主務の方からの「絶対に良い経験になる。選手という形ではなくても活躍することはできる。是非チームのためにやって欲しい」という言葉に背中を押され、マネージャーになることを決意しました。
マネージャーになってみて
マネージャーの仕事に対して大変と思ったことはありません。
その中で、日々心がけていたのは、選手とのコミュニケーションを図ることです。会話をすることで、選手のメンタルや体調を把握することができ、監督やコーチへ橋渡しをする役割を果たしていました。
楽しかった思い出の数々
特に印象に残っているのは、留学生と同部屋になり、一緒に課題をしたり、日常の何気ない会話やご飯を食べに行ったりしたことです。文化の違いを超えて深まる絆はとても貴重な経験でした。
そして、彼ら留学生を始め選手たちの驚くような記録や、喜ぶ姿を間近で見られたことが何よりも楽しく、そして頑張るモチベーションとなっていました。
突然訪れた横溝監督の訃報
箱根駅伝予選会、全日本大学駅伝が終わり、「さあ、箱根駅伝へ」とチームが一丸となっていた矢先の出来事でした。あまりにも突然で、中々事実を受け入れられませんでした。
私は、横溝監督のおかげで東京国際に入学し、選手だった頃、そしてマネージャーになってからも沢山お世話になりました。
監督に恩返しがしたいという思いがマネージャーになった理由の一つでしたし、今年の箱根駅伝では横溝監督にその感謝の想いを届けると心に決めて挑みました。
2025年の箱根駅伝 〜“下剋上”の戦い〜
昨年は本戦出場を逃しましたが、今年は本戦出場の切符を掴み、念願の箱根駅伝への出場を果たしました。そして見事、シード権を獲得することができ、チームの成長を実感したとともに、このチームのために頑張ってよかったと心の底から思うことができました。
1区の木村は、昨年の全日本大学駅伝から1区を務めてくれ、駅伝の1区は木村しかいないと思っていました。期待通りの走りでチームの流れを作り、そして副キャプテンの役割をしっかりと果たしてくれました。
2区のリチャードは他大学から注目を集めながらも駅伝初挑戦だったため、正直不安がありました。ラスト3キロは苦しい表情を見せながらも、チームのために最後まで力強く走り抜け、区間新記録のタイムで襷を渡している姿はとても感動しました。
3区の佐藤は、今まで苦しい思いをしてきて、自分自身も特に気にかけていた選手でした。リチャードの流れを繋げようと前半から攻めの走りを見せてくれ、最後は苦しい走りにはなってしまいましたが、意識が朦朧とする中でもチームのために襷を繋いでくれたことにとても感謝をしています。
4区の大林は、昨年箱根駅伝に出場できなかった悔しさから、夏は誰よりも練習を重ね、チームを引っ張ってくれていました。今回も期待以上の走りをし、声かけにも毎回ガッツポーズを見せてくれ、安心して見ていられました。
。5区については不安要素が残る区間でした。東京国際は今まで山で苦労してきていますし、箱根駅伝で1番差が出るところだからです。楠木はこの1年間調子があまり上がらず苦労を重ねてきました。また、キャプテンとしての責任を感じ、悩んでいる姿を近くで見てきました。そんな中、チームのために山登りを引き受けて、シード権獲得へ繋がる粘り強い走りを見せてくれました。彼の頑張りが復路の好成績に繋がったと思いますし、キャプテンとしてここまでチームを引っ張ってくれたことにとても感謝をしています。
6区の中山は、直前にインフルエンザに罹りとにかく不安でした。しかし、その影響を微塵も感じさせない走りで、6区の大学記録を更新するまでの好走をしてくれました。来年も安心して見ていられる、これからが楽しみな選手です。
7区の冨永は、唯一箱根駅伝の経験がある選手でした。直前まで調子が上がらず不安でしたが、そんな不安を吹き飛ばすような快走を見せてくれました。正直、見ていて信じられないほどの走りでしたし、とても感動しました。
8区の益田は、最初で最後の箱根駅伝でした。いい形で9.10区へと繋げて欲しい思いで見守っていましたが、今までには感じたことのない、「少しでも前で、少しでも早く襷を渡す」という熱い思いが走りから伝わり、胸が熱くなりました。
9区の菅野は、単独走という厳しい状況の中でも、勢いのある走りをしてくれて、チームの中で一番期待以上の走りをしてくれたと思います。来年は華の2 区、そしてチームのエースとして活躍してくれる存在になってくれると期待しています。
10区の大村は、感謝の言葉以外見当たりません。とてつもないプレッシャーがのしかかる中、ラスト500mで前に出て、勝ち切れたのは、日頃から真面目に、ストイックに陸上競技と向き合ってきた彼だったからこそ成し遂げられたことだと思います。4年生として、あの大きなプレッシャーを背負わせてしまったことを申し訳なく思いますが、間違いなく彼がチームを救ってくれました。
厳しい場面もありましたが、走った選手をはじめ全員で勝ち取ったシード権だと思います。横溝監督にもあの景色を直接見て頂きたかったですが、天国まで届く結果を残せたと思います。届いてくれていたら嬉しいです。
もし箱根駅伝を走れるなら・・・
10区を走ってみたいです。
箱根駅伝を走る選手でもゴールテープを切れる選手は21人しかいません。多くの方々に見守られながらゴールできたら本当に幸せだろうなと思います。
しかし、今年のような混戦でのプレッシャーに耐えられる自信はないので改めて大村の凄さを感じます。
感謝を伝えたい方々
1番の感謝は両親です。
選手の頃はもちろん、マネージャーになった今でも何不自由なく続けられたのは両親のおかげです。箱根駅伝で8位になった時も泣いて喜んでくれて、「よく頑張ったね」と声をかけて貰った時は嬉しかったですし、結果で恩返しすることができて良かったです。
そして中村監督代行にもこの1年間沢山お世話になりました。陸上競技や練習への向き合い方、言葉の掛け方など近くで多くのことを学ばせて頂きました。迷惑をかけてしまったことも多々あったと思いますが、少しでも役に立てていたら嬉しいです。
選手一人ひとりにかけたい言葉もあります。
個が強く、時にはまとめることに苦労した時もありましたが、結果を残し、チームを引っ張り支えてくれた4年生を始め、こんな主務についてきてくれたチームのみんなには感謝の気持ちでいっぱいです。3年生以下には、ポテンシャルの高い選手が沢山いるので、これからの東京国際が楽しみですし、応援し続けたいと思います。
将来の夢は”指導者”
今後は大学院に進学をし、学びを深め、将来は指導者になりたいと思っています。マネージャーとしての経験は人生の財産になりましたし、とても濃い時間を過ごすことができました。
いつかは教員となり、陸上部の顧問を務め、東京国際に良い選手を送り出すことが目標です。その夢に向かい新たなステージでも頑張りたいと思います。